セパタクロー日本が悲願の金メダル アジア大会・愛知で起きた歴史的快挙とは
2026年10月3日、愛知・名古屋で開催中のアジア競技大会で、日本のスポーツ界に小さくも歴史的な一歩が刻まれた。
セパタクロー男子クアドラント(4人制)の決勝で、日本代表がインドネシアを2-1で破り、悲願の金メダルを獲得したのだ。
日本がこの競技でアジア大会の金メダルを手にしたのは、男女・全種目を通じて今回が史上初めてである。
2018年大会の銀、前回大会の銅から一歩前進し、ついに頂点へたどり着いた瞬間、会場の名古屋市瑞穂公園体育館は大きな歓声に包まれた。
この記事では決勝の攻防と、この快挙に至るまでの背景を詳しく振り返る。
32年ぶりの自国開催と、重ねてきた悔しさ
今回のアジア競技大会は愛知・名古屋で開かれており、日本国内でアジア大会が開催されるのは1994年の広島大会以来、実に32年ぶりとなる。
セパタクローの日本代表にとって、この自国開催は特別な意味を持っていた。
2018年のジャカルタ・パレンバン大会では決勝でインドネシアに1-2で惜敗し銀メダル、前回の杭州大会では準決勝でミャンマーに1-2で敗れて銅メダルに終わっていたからだ。
2大会連続で頂点を目前にして届かなかった悔しさを知るチームが、自国開催の大舞台で迎えたのが今回の決勝だった。
| 大会 | 結果 | 内容 |
| 2018年 ジャカルタ・パレンバン大会 | 銀メダル | 決勝でインドネシアに1-2で敗戦 |
| 2022年 杭州大会 | 銅メダル | 準決勝でミャンマーに1-2で敗戦 |
| 2026年 愛知・名古屋大会 | 金メダル | 決勝でインドネシアに2-1で勝利 |
決勝の攻防、セット間で入れ替わった主導権
日本は10月2日の準決勝でインドを2-0(15-12、15-13)のストレートで下し、決勝へ進出していた。
決勝の相手は、2018年大会の決勝でも対戦した強豪インドネシアだった。
セパタクローの世界では長年インドネシアとタイが二強として大会を席巻してきており、日本にとっては何度も壁として立ちはだかってきた相手である。
▶ 第1セット:日本17-15で先取
▶ 第2セット:インドネシア15-9で奪い返しセットカウント1-1
▶ 第3セット:11-11の同点から日本が連続得点、セットカウント2-1で金メダル確定
1点を争う接戦の連続は、見ていた観客からも「手に汗を握る試合だった」との声が上がったという。
長年格上と見られていた相手を自国開催の決勝で破ったという事実は、スコア以上の重みを持つ結果だと言えるだろう。
均衡を破ったアタッカー、市川遥太選手の勝負強さ
終盤の均衡を破る働きを見せたのが、アタッカーの市川遥太選手(31)だ。
市川選手は東京都出身で、都立狛江高校から桐蔭横浜大学へ進み、現在はスポーツクラブ運営会社Fast Fitness Japanに所属してプレーを続けている。
11-11の同点に追いつかれた場面で鋭い足技のアタックを決め、再び日本にリードをもたらしたプレーは、この試合のハイライトの一つだった。
セパタクローのアタッカーは、味方がトスしたボールに向かって後方に飛び上がり、足を頭より高い位置まで振り上げて相手コートへ叩き込む役割を担う。
1点の重みが大きいラリーポイント制の競技において、終盤の緊迫した場面で確実にアタックを決めきれるかどうかは、勝敗を分ける最大の要素の一つだ。
筆者としては、こうした一瞬の集中力こそが、長年あと一歩で届かなかったメダルの色を変える決定的な違いになったのではないかと感じている。
個人の技術だけでなく、プレッシャーのかかる場面で冷静さを保てるかどうかが、トップレベルの大会では勝敗を分けるのだろう。
なぜ「空中の格闘技」と呼ばれるのか セパタクローの基本ルール
セパタクローという競技名は、マレー語で「蹴る」を意味する「セパ」と、タイ語で藤(とう)を編んで作ったボールを指す「タクロー」を組み合わせたものだ。
ルールはバレーボールに似ているが、手を使うことは一切禁止されており、足・頭・胸・膝など手以外の部位だけでボールを操り、3タッチ以内に相手コートへ返さなければならない。
1チームは3人制と4人制(クアドラント)があり、今回金メダルを獲得したクアドラントは1人多い4人制で、攻撃のパターンがより複雑になるのが特徴だ。
コート上では、味方の選手が高くトスを上げ、アタッカーが後方に飛び上がって足を頭より高く振り上げてアタックを打つ。
この姿から「空中の格闘技」とも呼ばれている。
試合は1セット21点のラリーポイント制(2点差以上で決着する場合は上限25点)で行われ、3セット制の2セット先取で勝敗が決まる。
トップ選手のアタックの速度は時速140キロに達するとも言われ、サッカーのシュートやバレーボールのスパイクに劣らないスピードがネットを越えて飛んでくる。
このアクロバティックな動きの迫力は、実際に競技を見たことがない人ほど驚くポイントかもしれない。
五輪競技化への課題と、今回の金メダルが持つ意味
セパタクローは現在、オリンピックの正式競技には採用されていない。
東南アジア競技大会やアジア競技大会では定着している一方、欧米やアフリカでの競技人口や認知度がまだ低く、世界規模での普及が五輪採用への大きな課題となっているためだ。
国際セパタクロー連盟は普及活動を続けており、将来的な五輪採用を目指す動きがあるとされるが、具体的な採用時期は定まっていない。
こうした状況を踏まえると、アジアの中でも競技歴が浅い日本が自国開催の大会で金メダルを獲得したことは、国内での競技普及という観点でも意味の大きい出来事だ。
9世紀の伝統競技から、日本定着までの歩み
セパタクローの起源は古く、9世紀ごろから東南アジア各地に伝わっていた民族的な遊びがルーツとされている。
マレー半島に伝わるボールを落とさず蹴り合う遊びや、タイに伝わる籠にボールを蹴り入れる遊びなどが原型となり、1965年に東南アジア競技大会(現在のSEAゲームズ)の正式競技として採用された際に統一ルールが整備され、現在の「セパタクロー」という形になった。
1988年には国際セパタクロー連盟が設立されている。
日本への紹介は1989年で、日本体育協会主催の国際スポーツフェアにタイ・マレーシア・インドネシア・シンガポールの4カ国を招いて国際大会を開いたのが本格的な普及の始まりだったとされる。
同じ1989年には日本セパタクロー協会も設立され、アジア・国際の両連盟に加盟した。
日本国内の競技人口は現在およそ2000人、クラブ数は全国に30〜40ほどとされ、決して大きな規模ではない。
大学の部活動やサークルから始める選手が多く、社会人になっても地域クラブで続けるケースが中心だったが、2022年2月には国内リーグ「ES LEAGUE」が発足し、競技として観戦できる環境が少しずつ整い始めている。
マイナー競技と見られがちだが、歴史としては1000年以上の厚みを持つ競技だということは、意外と知られていない事実ではないだろうか。
この金メダルが示す、マイナー競技への追い風
今回の金メダル獲得は、競技そのものの注目度を一気に高める可能性がある。
これまで日本国内でのセパタクローの競技人口や知名度は決して高くなく、強化指定選手として活動する選手の多くも、本業を別に持ちながら競技を続けているのが実情だ。
しかし、自国開催の大舞台で史上初の金メダルという結果が出たことで、今後はメディアでの露出や企業からの支援が増える可能性は十分にある。
かつてカーリングやスケートボードなど、国際大会での好成績をきっかけに国内での認知度が急速に広がった競技は少なくない。
登録選手数2000人、クラブ数30〜40という現在の規模から見れば、今回の金メダルが呼び込む新規参入者の数は、競技の未来を左右するほどの影響力を持つかもしれない。
セパタクローも同じ道をたどるかどうかは、今回の金メダルを協会や選手がどう発信していくかにかかっているように思う。
せっかくの歴史的快挙を一度きりの話題で終わらせず、次世代の選手育成につなげてほしいところだ。
他の種目でも好成績、セパタクロー全体の躍進
今大会では男子クアドラント以外の種目でも、日本セパタクロー陣の活躍が目立った。
▶ 男子クアドラント:金メダル(史上初)
▶ 女子クアドラント:銅メダル(女子として大会史上初のメダル)
▶ 男子チームレグ(3人制):銅メダル(9月24日の準決勝でタイに敗戦、3大会連続のメダル)
金メダル1、銅メダル2という今大会の結果は、男女どちらの種目でも着実に力をつけてきたことを示している。
これまで男子クアドラントだけが2大会連続で表彰台に乗っていた状況から、女子や3人制の種目にも裾野が広がってきたとみることができ、今後の強化にもつながる好材料だ。
大会概要と日本代表チームの体制
今回のアジア競技大会は第20回大会で、愛知・名古屋を会場に開催されており、セパタクロー競技は名古屋市瑞穂公園体育館やパロマ瑞穂アリーナで行われた。
決勝が行われた10月3日は大会第15日目だった。
日本代表は男女合わせて24名の選手団を編成しており、男子クアドラント種目には市川遥太選手のほか、複数の強化指定選手が出場した。
寺島武志監督は大会前の取材で「初の金メダルを狙っていきたい」と語っており、有言実行の形でチームを頂点に導いた。
会場となった瑞穂公園体育館は名古屋市瑞穂区にあり、男子チームレグの試合はパロマ瑞穂アリーナで行われるなど、会場を分けて日程が進められた。
まとめ
愛知・名古屋アジア大会のセパタクロー男子クアドラントで、日本代表が史上初の金メダルを獲得した。
2018年の銀、前回大会の銅という悔しさを乗り越え、自国開催という大舞台で頂点に立った今回の結果は、選手たちの努力の結晶であると同時に、マイナー競技が注目を集める好機でもある。
アタッカー市川遥太選手の勝負強さが光った決勝の攻防から、1000年以上の歴史を持つ競技の背景まで、この金メダルにはさまざまな物語が詰まっている。
次の大会でも「空中の格闘技」の進化に注目したい。