仏マリンランドのシャチ2頭、須磨移送は幻に カナダ行きも撤回されスペインへ

最終更新日

Comments: 0

フランス南部にあった水族館「マリンランド・アンティーブ」で暮らしてきたシャチ2頭の行き先を巡る騒動が、思わぬ形で決着した。

当初は日本・神戸の須磨海浜水族園への移送が検討されたが、動物保護団体の反対で頓挫。

その後カナダ・ノバスコシア州の保護区(サンクチュアリ)への移送が「唯一の倫理的な解決策」として正式決定されたにもかかわらず、土壇場でその方針は覆り、最終的な行き先はスペインの商業水族館となった。

この記事では、2025年1月の閉鎖から続く一連の経緯と、その裏にある事情を詳しく解説する。

マリンランド・アンティーブ閉鎖の経緯

マリンランド・アンティーブは、フランス南部カンヌ近郊にある大型の海洋公園だった。

同施設は2025年1月5日を最後に営業を終了し、閉鎖された。

背景にあるのは、2021年にフランスで成立した、イルカやシャチなどクジラ類(げいるい:クジラ・イルカ・シャチの総称)を使ったショーを禁止する法律である。

この法律は2026年12月から本格的に施行される予定だった。

同園では入場者の約90%がシャチやイルカのショー目当てだったとされ、ショーができなくなれば経営が立ち行かないと経営陣が判断したことが、閉鎖の直接的な引き金になった。

園内には当時、シャチ4頭が飼育されていたが、うち2頭はすでに死んでおり、残る2頭が母親のウィキー(24歳)と、その息子であるケイジョ(12歳)だった。

2頭とも野生で生まれたのではなく、水族館の中で生まれ育った個体である。

加えて、イルカも12頭が同じ施設に残されていた。

閉鎖後もこれらの動物たちは、老朽化が進むコンクリート製のプールに取り残されたまま、次の移送先が決まらない状態が1年以上続くことになる。

須磨海浜水族園への移送案が頓挫した理由

閉鎖当初、有力な移送先候補として挙がっていたのが日本・神戸市の須磨海浜水族園(すま かいひん すいぞくえん)だった。

シャチ2頭を新たに引き取る計画があると報じられ、日仏双方で協議が進められていたとされる。

ところがこの計画に対し、フランスや国際的な動物保護団体が相次いで反対の声を上げた。

反対理由として挙げられたのは、主に3点である。

日本が依然として商業目的の捕鯨(ほげい)を続けており、クジラ類の扱いに関する国際的な批判が強いこと

欧州水準に相当する動物福祉(どうぶつふくし:動物の心身の健康や苦痛の少ない生活環境を重視する考え方)に関する法律が、日本には整備されていないこと

長時間の輸送そのものがシャチの健康リスクになるうえ、母子であるウィキーとケイジョが引き離される可能性もあったこと

結局、この日本への移送計画は実現せず、事実上白紙に戻った。

筆者としては、動物福祉の基準は国によって大きく異なるため、こうした懸念が出ること自体は自然な流れだったと感じる。

一方で、行き場を失った2頭の状況が長引く一因になったこともまた事実であり、反対運動が結果的に動物たちの「宙ぶらりん」の期間を延ばしてしまった側面は否めない。

カナダの保護区が「最善の選択肢」とされた理由

日本行きが頓挫した後、新たな候補として急浮上したのがカナダ・ノバスコシア州に建設中の保護区(サンクチュアリ)だった。

これは「ホエール・サンクチュアリ・プロジェクト」という団体が主導する取り組みで、入り江をそのまま活用し、ショーや繁殖を一切行わずに引退したシャチを余生まで見守る、世界初とも言える大規模施設である。

2025年10月には、ノバスコシア州政府がこの団体に対し、バラショア湾一帯の海岸線・小島・海底を含む約83ヘクタールの州有地を20年間にわたって貸与することを正式に決定していた。

そして2025年12月13日、フランスの生態移行省(エコロジー移行省:環境政策を担当する省庁)は、ウィキーとケイジョをこのカナダの保護区へ移送する方針を正式に決定したと発表した。

政府声明では、この選択肢を「唯一、倫理的かつ信頼でき、法的にも適合する解決策」と表現し、早ければ2026年夏にも移送が実現する可能性があるとしていた。

動物保護団体もこの決定を歓迎し、長年の懸案にようやく道筋がついたとして高く評価していた。

筆者の見立てでは、この時点でのフランス政府の判断は、単なる「引き取り先探し」ではなく、法律の理念(ショーのための飼育を終わらせる)を体現する象徴的な決定として打ち出したかったのだろうと考えられる。

実際、欧米メディアもこの決定を「フランスが飼育クジラ類の時代に終止符を打つ一歩」として大きく報じていた。

ホエール・サンクチュアリ・プロジェクトは、これまで水族館以外で大型のシャチを長期的に受け入れた実績がほぼ存在しない中で、世界のモデルケースになり得ると期待されていた団体でもある。

それだけに、フランス政府が一度はこの案を「最善」と太鼓判を押したことの意味は大きかったはずだ。

一転、カナダ行きが覆った背景

ところが、この「決定」はわずか数か月で揺らぐことになる。

2026年4月、生態移行相のマチュー・ルフェーブル氏は、議会の委員会で「マリンランド側がカナダへの移送を望んでいない」と発言し、方針転換をにおわせた。

ここで浮かび上がったのが、シャチの所有権という盲点である。

ウィキーとケイジョは法律上、あくまで運営会社マリンランドの私有財産であり、フランス政府といえども移送先を一方的に強制することは難しい立場にあった。

さらに追い打ちをかけたのが、施設そのものの老朽化である。

2026年2月、裁判所が任命した専門家チームの調査により、シャチが暮らすコンクリート製プールの構造的な劣化がかなり進行していることが判明した。

政府はこれを受けて、「緊急事態に見合う時間軸で受け入れ可能な施設が他にない」との立場を強調するようになる。

建設途上にあるカナダの保護区は、当然ながら受け入れ準備が整っておらず、「今すぐ動かす必要がある」という緊急性とはかみ合わなかった。

筆者としては、この一連の流れに強い違和感を覚える。

わずか数か月前まで「唯一の倫理的解決策」と胸を張っていた政府が、施設の私有財産という法的な壁と老朽化という物理的な壁の前に、あっさりと方針を翻したように見えるからだ。

理想論と、期限に追われる現実対応との間で、フランス政府自身が板挟みになっていたことがうかがえる。

見方を変えれば、私有財産である以上、所有者であるマリンランド側の意向を無視して移送先を押し付けることは、そもそも法制度上難しかったとも言える。

動物福祉と私有財産権のどちらを優先するのかという、根本的な制度設計の課題が、今回の迷走を通じて浮き彫りになった格好だ。

最終決定はスペイン・ロロパルケ 動物保護団体は猛反発

2026年5月18日、ルフェーブル生態移行相は、ウィキーとケイジョをスペイン・カナリア諸島のテネリフェ島にある水族館「ロロパルケ」へ移送すると正式に発表した。

同時に、残る12頭のイルカについては、スペイン本土のバレンシアとマラガにある2つの海洋公園に分散して引き取られることも決まった。

移送は貨物輸送機を使って行われ、夏の高温を避けるため2026年6月末までに完了させる必要があるとされ、費用は数十万ユーロ規模にのぼると報じられた。

この決定に対し、動物保護団体は猛反発した。

欧州の12の動物保護団体が連名で「深い懸念」を表明する声明を出している。

国際団体ボーン・フリーは、ロロパルケでは2021年から2024年の間に4頭のシャチが早期に死亡したと報告されていると指摘し、今回の2頭も見世物や繁殖に利用され続ける恐れが強いと警告した。

カナダの保護区計画を主導してきたホエール・サンクチュアリ・プロジェクトのチャールズ・ヴィニック代表も、「ウィキーとケイジョにとって破滅的な決定だ」と強く非難した。

同代表が指摘するように、そもそも2021年のフランス国内法はショーや繁殖目的での飼育を禁じる趣旨だったはずであり、ショーを継続してきた実績のある水族館へ送ることは、法律の精神と矛盾するという批判は説得力がある。

一方でロロパルケ側は、自分たちの展示は「教育的」であり「保全意識を高めるためのもの」だと反論しており、双方の主張は真っ向から対立している。

筆者から見ても、「引退先」のはずが結果的にショー実績のある商業施設になってしまった今回の着地点は、閉鎖の出発点だった法律の趣旨と食い違って見えてしまう。

緊急性を理由にした判断だとしても、動物福祉を掲げる側からすれば「なし崩し」に映るのは無理もないだろう。

欧州に残るシャチはあとわずか6頭という現実

今回の騒動を通じて見えてくるのは、飼育シャチというテーマがいかに複雑な利害の交差点にあるかという点だ。

現在、欧州域内で飼育されているシャチは、今回移送される2頭を含めてもわずか6頭にとどまるとされる。

個体数がこれほど少なくなった以上、受け入れ先の選択肢自体が構造的に限られてしまうのは無理もないことだろう。

理想を言えば、ショーも繁殖も行わない引退後のサンクチュアリが最も望ましい着地点であることに異論は少ないはずだ。

しかし現実には、保護区の建設には年単位の時間がかかり、老朽化した施設で暮らす動物たちを待たせ続けることそのものが、新たな福祉上の問題を生んでしまう。

筆者は、今回のケースが示しているのは「理想の受け皿」と「今この瞬間の緊急対応」を両立させる仕組みが、まだ世界のどこにも整っていないという厳しい現実だと考えている。

動物福祉を重視する法律を作ること自体は評価されるべきだが、法律の施行と現場の受け皿整備のスピード感がかみ合わなければ、結局は動物たちが一番割を食う構図になりかねない。

須磨、カナダ、そしてスペインと、行き先が二転三転したウィキーとケイジョの1年半は、まさにその矛盾を体現した事例だと言えるだろう。

世界全体で見ればシャチを飼育する施設は依然としていくつも存在するものの、欧州に限れば個体数は年々減少傾向にある。

今回の一件は、その縮小過程で生じる「移行期の矛盾」を象徴する出来事として、今後も繰り返し参照される可能性が高い。

比較項目 カナダ・ノバスコシア案 スペイン・ロロパルケ案
正式発表時期 2025年12月13日 2026年5月18日
施設の性格 入り江を活用した保護区、ショー・繁殖なし 商業水族館、ショー実績あり
用地規模 約83ヘクタール(20年間の州有地リース) 非公開
移送手段・費用 建設未完了のため移送自体が白紙に 貨物輸送機、数十万ユーロ規模
想定移送時期 2026年夏(想定していたが撤回) 2026年6月末まで
動物保護団体の評価 「唯一の倫理的解決策」と歓迎 「福祉方針と矛盾」と批判

知っておきたい豆知識

実は母親のウィキーは、シャチの中でも学術的に「有名個体」として知られている。

2018年に発表された研究では、ウィキーが人間の発する「ハロー」や「バイバイ」といった単語を真似て発声できることが確認され、国際的な学術誌でも取り上げられた。

高い知能と学習能力を持つ個体であることが、皮肉にも長年ショーの主役として扱われてきた背景にもなっていた。

また、移送先となるロロパルケは、2006年に米シーワールドから複数のシャチを長期貸与される形で受け入れた歴史を持つ施設でもある。

今回のウィキーとケイジョの移送によって、同施設のシャチ飼育数はさらに増えることになる。

まとめ

マリンランド・アンティーブの閉鎖から始まったシャチ2頭の行き先問題は、須磨海浜水族園案の頓挫、カナダの保護区への正式決定、そしてその撤回という、二転三転の末にスペイン・ロロパルケへの移送という結末を迎えた。

2026年6月末までに完了するとされるこの移送は、動物福祉を重視する法律の理念と、老朽化した施設・私有財産という現実的な制約との間で揺れ動いた、象徴的な事例として記憶されることになりそうだ。

今後もウィキーとケイジョ、そして移送されるイルカたちの新しい環境での様子については、続報が待たれるところだ。

Wooder

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


コメントする