ジャワ海フェリー転覆事故、正体は日本の「フェリーくるしま」だった 39年の歴史と老朽船輸出の課題

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2026年9月13日未明、インドネシアのジャワ海で、乗客乗員あわせて243人を乗せたカーフェリーが悪天候の中で転覆する事故が起きた。

これまでに6人の死亡が確認され、129人の行方が依然としてわかっていない。

実はこの船、少し前まで日本の瀬戸内海を走っていた、ごく普通のカーフェリーだったことが分かってきた。

その名は「フェリーくるしま」。

2025年まで愛媛県と福岡県を結ぶ航路で活躍していた船が、なぜインドネシアで悲劇の主役になってしまったのか、その経緯を整理する。

ジャワ海で何が起きたのか

事故が起きたのは、日本時間の2026年9月13日未明のことだった。

問題のフェリー「Virgo Transport 8(ヴァーゴ・トランスポート8)」は、インドネシア・東ジャワ州の港湾都市スラバヤを出発し、ボルネオ島(カリマンタン島)南部のバンジャルマシンに向かっていた。

乗っていたのは乗客213人、乗員30人の合計243人

現地時間の午前2時33分ごろ、船長は「高波にあおられている」という趣旨の通報を最後に、運航会社との連絡が途絶えた。

現場付近では、波の高さが最大3メートルに達する荒天だったと伝えられている。

通報を受けたインドネシアの捜索救助当局(バサルナス)は、船舶およそ12隻、要員およそ622人を投入する大規模な捜索を開始した。

その結果、これまでに108人が救助されたものの、6人の死亡が確認され、129人がいまだに行方不明のままとなっている(9月15日時点)。

乗客の多くは、仕事や帰省のためにジャワ島とカリマンタン島を行き来する庶民の足として、この船を利用していたとみられる。

派手な観光船ではなく、地元の生活を支える“普段使いのフェリー”だったという点も、今回の事故の重さを物語っている。

「Virgo Transport 8」の正体は日本の退役フェリーだった

今回の事故で特に注目されているのが、転覆した船そのものの経歴だ。

「Virgo Transport 8」は、もともと日本で建造され、日本国内の航路で運航されていた船だったことが明らかになっている。

その前身の名は「フェリーくるしま」。

来島どっく大西工場(愛媛県今治市)で建造され、1987年4月27日に就航した、いわば“昭和生まれ”の船だ。

就航から2026年の事故まで、実に39年が経過していたことになる。

フェリーくるしまは、愛媛県の松山と福岡県の小倉(北九州市)を結ぶ「松山・小倉フェリー」の主力船として、瀬戸内海と関門海峡を毎晩行き来していた。

この航路は1973年に関西汽船が運航を始めた歴史ある夜行フェリー路線で、運航会社は2009年にフェリーさんふらわあ、2013年には石崎汽船の子会社である松山・小倉フェリーへと引き継がれてきた。

乗用車を乗せたまま眠っている間に瀬戸内海を渡れる夜行便として、トラック運転手や旅行者に長年親しまれてきた存在でもある。

しかし利用客の減少や高速道路網の整備などを背景に、松山・小倉フェリーは2025年7月1日で航路そのものを廃止することを決定。

フェリーくるしまは日本での38年にわたる役目を終え、インドネシアの海運会社に売却された。

その後、名前を「Virgo Transport 8」に変えて、スラバヤ~バンジャルマシン間という、日本での航路とはまったく違う海域での第二の人生を歩み始めていたのだ。

引退からわずか1年余りでの事故だっただけに、日本側の関係者にとっても衝撃は小さくないはずだ。

なぜ日本の“お役御免”フェリーが海外で使われ続けるのか

「39年も前の船が、まだ現役で走っていたのか」と驚いた人も多いだろう。

だが実はこれ、決して珍しいケースではない。

日本国内では、船齢が古くなったフェリーは、燃費や維持コストの面から新造船に置き換えられ、引退していくことが多い。

ただし、船体そのものはまだ十分に使える状態であることが多く、そうした退役船は、インドネシアやフィリピン、ベトナムといった東南アジア諸国の海運会社に、中古船として売却されるケースが少なくない。

島国であるインドネシアにとって、島と島の間を安く行き来できるカーフェリーは、道路や鉄道が未整備な地域における重要な生活インフラだ。

新造船を発注するよりも、日本製の中古フェリーを安く手に入れる方が、コストの面ではるかに現実的だという事情がある。

日本製フェリーは整備記録がしっかりしており、船体の質が高いと評価されている

新造船に比べて価格が大幅に安く、離島路線の多いインドネシアには導入しやすい

日本国内での運航歴が長い船ほど、部品の入手や構造の把握がしやすい

つまり、日本で“お役御免”になった船が第二の人生を歩むこと自体は、双方にメリットのある、ごく合理的な仕組みだったわけだ。

実際、こうして海を渡った日本の退役船は、インドネシアだけでなくフィリピンやベトナムなど東南アジア各国で今も数多く運航されており、現地の物流や人の移動を支える存在になっている。

ただし、そこには見過ごせない落とし穴もある。

日本と海外の“安全基準のギャップ”という構造的な問題

日本国内でのフェリー運航には、国土交通省が定める厳格な検査基準が存在する。

船齢が古くなるほど検査の頻度や項目も増え、少しでも安全性に懸念があれば運航停止となる仕組みだ。

事実、フェリーくるしまも、日本国内で運航していた38年間に、乗客の命に関わるような重大事故を起こした記録はない。

問題は、船が国境を越えて売却されたにある。

売却先の国の検査体制や整備の水準は、必ずしも日本と同じ厳しさとは限らない。

船の定員管理が緩んだり、悪天候時の運航判断が甘くなったりすれば、日本にいた頃には表面化しなかったリスクが、一気に事故として噴き出すことになる。

筆者は、これは「日本の船が悪い」という単純な話ではないと考えている。

むしろ問題の本質は、船体という“ハード”はそのまま国境を越えて引き継がれる一方で、検査体制や運航ノウハウという“ソフト”はうまく引き継がれない、という構造的なギャップにあるのではないだろうか。

国際海事機関(IMO、船の安全や環境基準を定める国連の専門機関)は、旅客船の安全に関する国際条約(SOLAS条約)を定めているが、加盟国ごとの運用や監督の実効性には差があるのが実情だ。

船体という“モノ”の輸出だけが先行し、それを安全に運航し続けるための“仕組み”の輸出が追いついていない――今回の事故は、そうしたグローバルな中古船市場が抱える構造的な課題を、あらためて浮き彫りにしたと言えるだろう。

2015年にも起きていた“既視感のある事故”

日本の退役フェリーがインドネシアで大事故を起こしたのは、今回が初めてではない。

2015年に日本で運航を終えた「フェリーおおさか」は、インドネシアに売却されて「KM Mutiara Sentosa II」として再就航していた。

しかしその後、この船は火災事故を起こし、乗客乗員271人のうち5人が死亡、41人が行方不明になるという痛ましい結果を招いている。

今回の「フェリーくるしま」の事故と、この2015年の事故を並べてみると、共通するパターンが浮かび上がってくる。

船名(日本時代→売却後) フェリーくるしま→Virgo Transport 8 フェリーおおさか→KM Mutiara Sentosa II
事故発生年 2026年 2015年
事故の種類 荒天による転覆 火災
乗船者数 243人 271人
死者数 6人 5人
行方不明者数 129人 41人

事故の原因こそ「転覆」と「火災」で異なるものの、どちらも日本で長年安全に運航されていた船が、売却後に大惨事を起こしたという点で共通している。

2015年の事故のときも、日本製の退役船の安全管理体制が国際的に議論になったが、その後もこうした中古船の売買自体が止まることはなかった。

これが単なる偶然の一致なのか、それとも中古船の輸出という仕組みそのものに内在するリスクなのか、今後の事故調査の行方が注目される。

個人的には、11年の間隔を置いて似た構図の事故が繰り返されたという事実そのものが、業界にとって重く受け止めるべき“警告”だったのではないかと感じている。

“船齢20年”の壁と、私たちが向き合うべき課題

海事政策の研究機関である笹川平和財団のレポートによると、日本の内航船は船齢20年を超えたあたりから定期検査の費用や修繕コストが急激に膨らむ傾向があるという。

そのため船主にとっては、古い船を売却して新造船に置き換える方が経営的には合理的、という判断になりやすい。

フェリーくるしまも、就航から38年という長寿を全うしたうえで日本を離れた船であり、売却の判断自体は業界としてごく自然な流れだったとも言える。

とはいえ、乗客の立場からすれば、船が「どこで造られ、どこで走っていたか」よりも、「今、安全に運航されているかどうか」の方がはるかに重要だ。

日本国内で果たしてきた厳格な検査文化を、売却先の国の海運会社や監督官庁にどこまで“輸出”できるか。

ここに踏み込んだ国際的な仕組みづくりが進まない限り、同じような事故は今後も形を変えて起き続けてしまうのではないだろうか。

日本にとっても他人事ではない。

かつて自分たちが安全に乗っていた船が、遠い海で悲劇の舞台になったという事実を、単なる海外のニュースとして片付けず、造船・海運大国としての責任として受け止める視点があってもいいはずだ。

補足情報

在インドネシアの日本大使館・総領事館によると、2026年9月15日時点で、今回の事故に日本人が巻き込まれたという情報は確認されていない。

現地では、波にさらわれた乗客が周辺の島々に流れ着いている可能性もあるとして、海上保安機関や軍が航空機と船舶を使った広域捜索を続けている。

インドネシア運輸省は今回の事故を受け、同型の中古外国船を含む国内フェリーの安全点検を強化する方針を示しているが、具体的な制度改正が実現するかどうかは今のところ不透明だ。

なお、フェリーくるしまが最後に走っていた松山・小倉航路は、廃止からすでに1年以上が経過しており、跡地となった発着場では代替となる交通手段の議論も続いている。

今回のような中古船をめぐる事故は国境をまたぐため、原因究明や再発防止に向けた調整には、日本側とインドネシア側双方の海事当局による情報共有が欠かせない。

まとめ

かつて瀬戸内海を静かに行き来していた「フェリーくるしま」は、多くの日本人にとって馴染み深い存在ではなかったかもしれない。

しかし引退から1年ほどで、遠く離れたジャワ海で243人の命を預かり、そのうち129人がいまだ行方不明という重い現実に直面している。

日本製の中古船が海外で第二の人生を送ること自体は、双方に利益のある合理的な仕組みだ。

だからこそ、船体という“モノ”だけでなく、それを支える検査体制や安全文化という“仕組み”をどう国境を越えて引き継いでいくかが、これからの大きな課題になりそうだ。

Wooder

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