インディーゲーム『Future? No Thanks!』が発売当日に延期 Steam審査は「未着色ポリゴンの尻と胸」で3週間超に長期化
2026年7月22日、イタリアの風刺的インディーゲーム(独立系の小規模スタジオが開発するゲーム)スタジオMolleindustria(モッレインドゥストリア)による新作『Future? No Thanks!』が、まさに発売予定日当日になって突如延期を発表した。
理由は、Steam(スティーム、世界最大級のPCゲーム配信プラットフォーム)を運営するValve(バルブ)による審査が、想定より大幅に長引いていることだった。
問題視されているのは、ゲーム中に数秒間だけ画面に表示される「テクスチャ(質感や色を表現する画像データ)のないポリゴンで描かれた裸の尻と胸」だという。
開発者は皮肉たっぷりのコメントを添えて事態を報告しており、海外のゲームメディアやSNSで話題になっている。
延期に至る経緯
『Future? No Thanks!』は、開発元のMolleindustriaが2026年7月22日を発売日として予告していたタイトルだった。
実はこの日付には裏話があり、開発者は以前、『グランド・セフト・オートVI(GTA6)』と同日に発売して「ロックスターを辱める」のだと冗談交じりに宣言していた経緯がある。
しかしGTA6の発売時期がたびたび延期される中、Molleindustriaは独自に7月22日という発売日を確定させていた。
ところが当日になって、開発者はSNS「Bluesky」上で突如、発売延期を発表した。
理由として挙げられたのが、Steamの新作審査(ビルドレビュー、配信前にゲーム本体をチェックする工程)が通常想定される2週間程度をはるかに超え、3週間以上に及んでいるという事態だった。
しかもペデルチーニ氏によれば、内容がほぼ同一のデモ版は数か月前にすでに審査を通過しており、今回これほど長引くとは予想していなかったという。
審査が長期化する過程で、開発者は「セックスシーンを見る」というボタンを備えた特別な検証用ビルドを、別途Steamに提出する必要にまで迫られたと明かしている。
気難しい老人ハーヴィーが迎える人生最後の一日
『Future? No Thanks!』の舞台は2045年、気候変動対策が実を結び、民主主義が機能し、技術が公共の利益のために使われているという「エコ社会主義(生態系の保全と社会主義的な社会運営を組み合わせた思想)ユートピア」だ。
プレイヤーが操作するのは、そんな理想郷にどうしてもなじめない気難しい高齢者、ハーヴィー・ハフストーン。
彼はすでに自ら安楽死を予約しており、物語が描くのは彼にとって人生最後の1日である。
ゲームはオープンワールド風のアドベンチャーで、犯罪をこなす代わりに街の人々と会話をして回る、いわばポイント・アンド・クリック型(画面をクリックして進める探索型)の探索が中心になっている。
舞台となる架空の都市は、開発者の拠点である米ピッツバーグをモデルにしており、ダウンタウンやオークランドといった実在の地区名も再現されているという。
クエストは全部で7つ用意されており、非直線的に進行できる構成で、プレイ時間の目安はおよそ6時間とされる。
主人公ハーヴィーの声は、地元ピッツバーグの人形劇師として知られるデイヴ・イングリッシュ氏が担当した。
開発は2021年1月から続く長期プロジェクトで、Molleindustria自身がブログで「自分たちにとって最も野心的なプロジェクト」と位置づけている。
安楽死や高齢者の疎外感といった重いテーマを、風刺の効いたコミカルな絵柄で包み込む手法は、いかにもMolleindustriaらしいアプローチだと言えるだろう。
単なるユートピア賛美ではなく、「理想の社会からもこぼれ落ちる人がいる」という視点を持ち込んでいる点に、このゲームの奥行きを感じ取れる。
多くのオープンワールドゲームが銃撃戦や強奪といった派手なアクションを軸に設計されるのに対し、本作は会話とやり残した用事の整理が軸になっている。
これは前述のGTA6を意識したリリース日設定の冗談とも呼応しており、開発者一流のブラックユーモアがゲームデザインそのものに滲み出ていると言えるだろう。
Molleindustriaとパオロ・ペデルチーニ氏が歩んできた道
開発元のMolleindustriaは、イタリア人ゲームデザイナーのパオロ・ペデルチーニ氏が20年以上にわたり主宰してきた、社会風刺色の強いインディーゲームスタジオの名義である。
米カーネギーメロン大学で教鞭を執る同氏は、資本主義や労働、メディア、軍事といった社会制度を皮肉る作品を一貫して手掛けてきた。
代表作の一つ、2006年発表の「The McDonald’s Videogame」は、ファストフード産業の裏側にある土地収奪や労働搾取を経営シミュレーションの形で暴いた作品として知られる。
2009年の「Every Day the Same Dream」は、単調な労働からの疎外と解放をテーマにした短編作品で、今なお高く評価されている。
2012年発表の「Unmanned」は無人ドローン操縦士の一日を描いた作品で、インディーゲームの祭典「IndieCade」でグランプリを受賞した。
2020年の「Democratic Socialism Simulator」は民主社会主義国家の運営を疑似体験できるシミュレーションゲームで、今回の紹介記事でもたびたび引き合いに出されている。
2024年には新聞編集者としての葛藤を描く「The New York Times Simulator」を発表するなど、活動のペースは衰えていない。
こうして振り返ると、『Future? No Thanks!』は同氏のキャリアの中でも特に開発期間が長く、規模の大きい作品であることが分かる。
過去作と発売年を整理すると、以下の表のようになる。
| 作品名 | 発売年 | テーマ |
| The McDonald’s Videogame | 2006年 | ファストフード産業の裏側 |
| Every Day the Same Dream | 2009年 | 労働と疎外 |
| Unmanned | 2012年 | 無人ドローン兵器と良心 |
| Democratic Socialism Simulator | 2020年 | 民主社会主義国家の運営 |
| The New York Times Simulator | 2024年 | 新聞編集とジレンマ |
| Future? No Thanks! | 2026年(延期中) | エコ社会主義ユートピアと安楽死 |
Steamの審査基準と表現規制のグレーゾーン
Steamでは新作を配信開始する前に「ビルドレビュー」と呼ばれる審査を通過する必要がある。
一般的には2週間程度で完了すると見なされているが、今回のケースはそれを大幅に超える3週間以上という長さになった。
Steamのストアページに記載された年齢制限コンテンツの説明には、以下のような項目が挙げられている。
▶ 漫画的な性行為を示唆する表現
▶ 合法かつ倫理的とされる売春の描写
▶ 安楽死の描写
今回問題視されたのは、ゲーム中のあるシーンで数秒間だけ画面に静止表示される、テクスチャの貼られていない数十個のポリゴンで描かれた尻と胸の表現だという。
言い換えれば、写実的な裸体表現というよりも、色も質感もない幾何学的な形の集合体が一瞬映るだけの、かなり抽象度の高い表現である。
それでもValveの審査チームは、この扱いについて判断を保留し続けたことになる。
Steamを巡っては、これまでも性的表現やMOD(改造データ、ユーザーが作った追加コンテンツ)の扱いを巡る方針が二転三転してきた経緯があり、開発者側から基準の不透明さを指摘する声がたびたび上がっている。
大手パブリッシャーの作品では際どい表現がすんなりと配信される一方で、知名度の低いインディー作品が同種の表現で長期間足止めされる例が目立つとの見方もある。
今回のケースも、審査基準そのものの是非よりも、運用の一貫性や透明性の欠如という、より根深い問題を映し出しているように見える。
表現の自由を尊重しつつプラットフォームとしての健全性も保つという、Steamが抱え続けてきた難題が、今回もまた顔をのぞかせた格好だ。
仮に同じような表現であっても、ゲームの知名度や販売規模によって審査の厳しさが変わってしまうのだとすれば、それは市場における公平性の観点からも見過ごせない問題だろう。
「感謝します」という皮肉コメントの受け止められ方
延期を告知する投稿の中で、ペデルチーニ氏は「Steamを卑猥で欲情を煽るコンテンツから守るValveの審査チームの丹念な仕事に感謝する」という趣旨の一文を添えた。
これは額面通りの感謝ではなく、社会風刺を得意とする同氏らしい皮肉であることは明らかだろう。
実際、この発言は海外のゲームメディアやSNSで特に注目され、記事の見出しにもたびたび引用されている。
数秒間しか映らない、色も質感もないポリゴンの尻と胸のために3週間以上も審査が長引いたという事実そのものが、多くの読者にとって滑稽に映ったようだ。
一方で、Steamが年齢制限やアダルトコンテンツの表示ルールを厳格化しようとする姿勢自体には、未成年ユーザーへの配慮や意図しない露出を防ぐという観点から一定の理があるとする見方も存在する。
つまり今回の一件は、単純な「表現規制はけしからん」という話にとどまらず、審査の透明性・一貫性と、プラットフォームの健全性維持という、二つの要請がぶつかり合う構図として読み解くことができる。
ペデルチーニ氏のようにあえてコメディとして発信することで問題提起を行うスタイルは、深刻になりがちな表現規制の議論に一石を投じる意味でも興味深い。
皮肉を交えた発信は炎上を招くリスクもあるが、今回は開発者自身の作風やブランドと合致した表現だったことも、好意的な拡散を後押しした一因と考えられる。
知っておきたい豆知識
Molleindustriaにとって、今回が初めてのSteam配信長期審査というわけではない。
2020年の「Democratic Socialism Simulator」も、政治色の強い内容ゆえにストア掲載を巡って議論を呼んだ経緯がある。
Steam全体を見渡しても、性的表現やアダルトコンテンツの扱いを巡っては、他の開発者から「Valveは審査基準について踏み込んだ対話に応じてくれない」といった不満が繰り返し表明されてきた。
海外メディアではSteamの表現規制のあり方そのものを問う記事も度々掲載されており、今回の一件はその最新の事例と位置づけられる。
なお本記事執筆時点で、日本語ゲームメディアによる本件の報道はテクノエッジなど一部にとどまっており、詳報はまだ少ない状況だ。
まとめ
『Future? No Thanks!』は、発売予定日当日という異例のタイミングで延期が発表され、その理由が「数秒間映る未着色ポリゴンの尻と胸」だったことで大きな話題を集めた。
開発者ペデルチーニ氏一流の皮肉なコメントも拡散を後押しし、Steamの審査基準の不透明さを改めて浮き彫りにした形だ。
新しい発売日は執筆時点で未定だが、Molleindustriaの過去作を踏まえれば完成度への期待は高い。
続報を待ちたい。